2021年5月28日金曜日

源氏物語 第三十一帖より 真木柱 姫君、柱の割れ目に歌を残す

  あまり上手じゃ無い頃の作品が続いたので口直しに(なるかどうか分からないが)、最近の作品を紹介したい。2020年の制作。横浜高島屋で悠遊会という催事に参加させていただいてる。そこに出品した作品だ。

 髭黒の大将が玉鬘を迎えたために、北の方とはいざこざが絶えなくなります。そのことは北の方の父の式部卿宮の耳にも入り、立腹して北の方と姫君を引き取りに髭黒の屋敷に息子たちを向かわせました。


源氏物語 第三十一帖 真木柱の貝合わせ

【本文】
日も暮れ 雪降りぬべき空のけしきも 心細う見ゆる夕べなり いたう荒れはべりなむ 早う と 御迎への君達そそのかしきこえて 御目おし拭ひつつ眺めおはす 姫君は殿いとかなしうしたてまつりたまふならひに 見たてまつらではいかでかあらむ 今なども聞こえで また会ひ見ぬやうもこそあれ と思ほすにうつぶし伏してえ渡るまじと思ほしたるを かく思したるなむ いと心憂き などこしらへきこえたまふ ただ今も 渡りたまはなむ と待ちきこえたまへど かく暮れなむに まさに動きたまひなむや 常に寄りゐたまふ東面の柱を人に譲る心地したまふもあはれにて 姫君 桧皮色の紙の重ねただいささかに書きて 柱の干割れたるはさまに笄の先して押し入れたまふ
  今はとて 宿かれぬとも 馴れ来つる 真木の柱は われを忘るな
えも書きやらで泣きたまふ

【意訳】
 日も暮れて、雪が降って来そうな空の景色も、心細く見える夕方でした。「ひどく荒れて来そうですよ。お早く」と、お迎えの公達はご催促申し上げるが、お目を拭いながら虚ろでいらっしゃいます。姫君はたいそう父君に可愛いがられていたので、お目にかからないではどうして立ち去れようか。二度と会えないことになるかもしれないとお思いになりますと、「このまま去ることは出来ない」とうつ伏せになったままお考えでいるのを「そのような思いでいらっしゃるとは、とても情けない」などとおなだめなさります。今すぐにも、お父様がお帰りになるのではとお待ち申し上げなされますが、このように日が暮れてきましては、とてもお戻りにはなりません。
 姫君は、いつも寄りかかっていらっしゃる東面の柱を知らぬ人に取られてしまうのも悲しくて、桧皮色の紙を重ねたのにほんのすこししたためて、柱の干割れた隙間に笄の先でお差し込みなされます。
「今はもう、この家を離れて行きますが、馴れ親しんできた真木の柱は、わたしを忘れないで」
 最後まで書き終わることができずにお泣きになります。

 柱に歌を挿しているのが松襲の真木柱、この時まだ十二、三歳なので衣装は細長を想定した。雪の下襲の小袿姿は髭黒の北の方、その下の女房は萌葱匂襲、薄桜重ねの中将のお許。左の女房は紅梅匂重ねの木工の君、木工の君は髭黒大将付きの女房なので、真木柱達とはこの後に別れることになる。見送るように、一人向きを変えた。
 真木の柱とは、檜や杉などでできた太い丸柱をいう。本文には無いが、庭には「待つ」を暗示させる松の木を大きく描いた。真木柱の松襲もそれに由来する。